謹賀新年
2012年01月04日
新年三が日は穏やかなお天気に恵まれて、いつもながらアッという間に過ぎてしまいました。
元旦はいつもどおり、お墓参りしお寺のご住職に新年のご挨拶してしばし宴会。ついでに!と、三島大社に歩いて向かうと、途中からは何処から増えたの?と思わんばかりの人・人・人盛り。鳥居まで行かずに、バックする。何か毎年同じ行動をしている。
私には、三島大社は何時でも行ける場所。何が何でも元旦にお参りして神様にお願いする気持ちも薄い。「時間ができたらお参りしようね」と言いつつ、後に去る。
夏休みとは違い、年末年始はよほどのことがない限り電話は入らない。だから、明日は何処に行く!を決めることができる。
2日は、朝から電車に乗り県立美術館へ契丹王国の世界へ。草薙駅のバス停で美術館行きの時刻を見ていたら、見知らぬご夫妻からお声がかかった。「1時間近くバスを待っているが、一向にバスが来ないので、一緒にタクシーで行きませんか」とのお誘いでした。
一年ぶりの美術館でした。ボイスレコーダーの解説を聞きながら展示された品々を見ていると、その時代に生きた人々の心が映し出されます。中国大陸の広大な土地に居住ましたこの民族は、今、どのように変わっているのだろう。行ってみたくなりました。
帰りは沼津駅で下車。映画館へ足が向かいます。ここは、2年ぶり。『山本五十六』です。
思い描いていたよりも穏やかでした。戦時中の陸・海のトップの意志。それに従う人間の想い。失われた命は帰らない。
トップとは、強くやさしくある。ことばでは簡単に言えるが、現代にこのような人は見つかるだろうか。
是非、若い人々に見て欲しい映画でした。(館内は6組ほどの入場者でしたが、50代以上の人だけでした)
3日は、家の片付けしてました。今月また引越となります。夕食時は息子の訪問で食事会。舞台で仕事してた息子は、異常に大きな声でよく話しました。何を話したか忘れました。
そして、今日4日。
朝一、物件お問合せの電話がなりました。
昼、配管からの水漏れのお客様からのSOS電話。設備会社の社長が直ぐに向かってくれました。アサノ社長ありがとう。
今年また一年、自分ができること、周りの皆さんにお世話になることの繰り返しをしながら生きて参る予定です。
何卒、宜しくお願い申し上げます。
元旦はいつもどおり、お墓参りしお寺のご住職に新年のご挨拶してしばし宴会。ついでに!と、三島大社に歩いて向かうと、途中からは何処から増えたの?と思わんばかりの人・人・人盛り。鳥居まで行かずに、バックする。何か毎年同じ行動をしている。
私には、三島大社は何時でも行ける場所。何が何でも元旦にお参りして神様にお願いする気持ちも薄い。「時間ができたらお参りしようね」と言いつつ、後に去る。
夏休みとは違い、年末年始はよほどのことがない限り電話は入らない。だから、明日は何処に行く!を決めることができる。
2日は、朝から電車に乗り県立美術館へ契丹王国の世界へ。草薙駅のバス停で美術館行きの時刻を見ていたら、見知らぬご夫妻からお声がかかった。「1時間近くバスを待っているが、一向にバスが来ないので、一緒にタクシーで行きませんか」とのお誘いでした。
一年ぶりの美術館でした。ボイスレコーダーの解説を聞きながら展示された品々を見ていると、その時代に生きた人々の心が映し出されます。中国大陸の広大な土地に居住ましたこの民族は、今、どのように変わっているのだろう。行ってみたくなりました。
帰りは沼津駅で下車。映画館へ足が向かいます。ここは、2年ぶり。『山本五十六』です。
思い描いていたよりも穏やかでした。戦時中の陸・海のトップの意志。それに従う人間の想い。失われた命は帰らない。
トップとは、強くやさしくある。ことばでは簡単に言えるが、現代にこのような人は見つかるだろうか。
是非、若い人々に見て欲しい映画でした。(館内は6組ほどの入場者でしたが、50代以上の人だけでした)
3日は、家の片付けしてました。今月また引越となります。夕食時は息子の訪問で食事会。舞台で仕事してた息子は、異常に大きな声でよく話しました。何を話したか忘れました。
そして、今日4日。
朝一、物件お問合せの電話がなりました。
昼、配管からの水漏れのお客様からのSOS電話。設備会社の社長が直ぐに向かってくれました。アサノ社長ありがとう。
今年また一年、自分ができること、周りの皆さんにお世話になることの繰り返しをしながら生きて参る予定です。
何卒、宜しくお願い申し上げます。
グラスを選ぶ
2011年12月21日
2011年も残すところ10日となってしまいました。
各地で災害続きのこの一年を、みなさんはどのように過ごされたのでしょうか?
私の仕事場の三島市一番町も3・11以後、大きな変化があり駅前東街区再開発の中止(白紙に戻す)を決定しました。誰を責めることもできません。自分たちなりの決断をせざるを得ない状態となりました。新しい年に新たなビジョンを持ち進むしかないと考えています。家族や家を無くした方々から比べれば、たいしたことではないのです。まして、放射能におびえて暮らす人々のことを思えば、なんのその!!です。サスケネ!
「もういくつ寝るとお正月」の歌が聞こえてくる時期です。新年を迎える前には、なぜか日本にもクリスマスというイベントがありますねぇ。何がおきてもクリスマスはある世の中!
大人のクリスマスと言えば!シャンパーニュでしょう。スパークリングでも、もちろんOK!
シャンパンを完成させたと言われる仏の修道僧ドン・ペリニョンは、初めて発泡性ワインを飲んだとき『私は星を飲んでいる』と叫んだことは有名ですね。
シャンパーニューやスパークリングの泡を楽しむには、フルート型グラスですよね。香りが細いグラスの中に満ちて、心地よく漂います。
今回、大洋工務店のクリスマスイベントでは、展示場ご来場の先着5名さまに、スペイン国内屈指のカバ・メーカー ヴァルフォルモサの「ヴァルデラヴィア」をフルート型グラス2個を付けてプレゼントいたします。私が選びましたです。
ぜひ!大洋工務店の省燃費住宅展示場で24時間暖かい蓄熱式床暖房を体験しに来てみてください。体中に暖かさが伝わります。
暖かいお家で静かな夜に、グラスに輝く星を見ながら、心のかよう人と一緒に語り合えるひと時を、どうぞお過ごしください。
各地で災害続きのこの一年を、みなさんはどのように過ごされたのでしょうか?
私の仕事場の三島市一番町も3・11以後、大きな変化があり駅前東街区再開発の中止(白紙に戻す)を決定しました。誰を責めることもできません。自分たちなりの決断をせざるを得ない状態となりました。新しい年に新たなビジョンを持ち進むしかないと考えています。家族や家を無くした方々から比べれば、たいしたことではないのです。まして、放射能におびえて暮らす人々のことを思えば、なんのその!!です。サスケネ!
「もういくつ寝るとお正月」の歌が聞こえてくる時期です。新年を迎える前には、なぜか日本にもクリスマスというイベントがありますねぇ。何がおきてもクリスマスはある世の中!
大人のクリスマスと言えば!シャンパーニュでしょう。スパークリングでも、もちろんOK!
シャンパンを完成させたと言われる仏の修道僧ドン・ペリニョンは、初めて発泡性ワインを飲んだとき『私は星を飲んでいる』と叫んだことは有名ですね。
シャンパーニューやスパークリングの泡を楽しむには、フルート型グラスですよね。香りが細いグラスの中に満ちて、心地よく漂います。
今回、大洋工務店のクリスマスイベントでは、展示場ご来場の先着5名さまに、スペイン国内屈指のカバ・メーカー ヴァルフォルモサの「ヴァルデラヴィア」をフルート型グラス2個を付けてプレゼントいたします。私が選びましたです。
ぜひ!大洋工務店の省燃費住宅展示場で24時間暖かい蓄熱式床暖房を体験しに来てみてください。体中に暖かさが伝わります。
暖かいお家で静かな夜に、グラスに輝く星を見ながら、心のかよう人と一緒に語り合えるひと時を、どうぞお過ごしください。
マナー
2011年12月03日
とうとう12月(師走)に入ってしまいました。
例年より気温が高かった11月。三島はいつもより遅い紅葉が、今見ごろです。
文教地区の自慢の銀杏も、夕方には金色に変わり車で走っても充分に紅葉気分が味わえます。
三島市立公園の楽寿園も、色どり鮮やかに紅葉しています。先ほど車で通り過ぎてきましたが、ライトアップした木々の下に大勢の人々が、紅葉を楽しんでいました。
先日、東京行きの新幹線に乗車している時ので60代と思われる三人組みのマダムが、小田原駅から大きな荷物を持って乗車してきました。箱根の観光旅行のお帰りらしく、「よかったわぁ。楽しかったわぁ」と、嬉しそうなお声がよく聞こえました。
そのうちに、一人の方が携帯でお家に電話をかけ始めました。お留守番のご主人に駅まで迎えに来て欲しい、との話の内容。
それから、まだまだ永遠と電話で何やら話している。
「電車内での携帯電話は電源を切るかマナーモードにお願いされている。電話をする場合は、デッキでお願いします。」まで放送されているのにもかかわらず、なんてことでしょう!。
本人のマナーのなさは、顔を拝見して判断できましたが、ご一緒しているお供のお二人がその人に注意をしないことの方に腹立たしく感じてしました。
昔の大人は、口癖のように「今の若いものは、、、、」と、嘆いていたものでしたが、現代は中高年の男女の方々が、若者に「いい歳して常識のない大人!」と嘆かれそうです。
あちらこちらで見かける自分勝手な中高年者が増えています。
どうしてか? と、考えた時に思うのは、廻り(家族や友人)の人が注意(助言)しないようになったことではないでしょうか。
子どもも若者も大人も、年齢に関係なく、いけないことはちゃんと伝えないといけません!
礼儀なき社会になってしまいます。
間違った言動や行動は、身近な人がしっかり注意して正していきたいものです。 ね!
例年より気温が高かった11月。三島はいつもより遅い紅葉が、今見ごろです。
文教地区の自慢の銀杏も、夕方には金色に変わり車で走っても充分に紅葉気分が味わえます。
三島市立公園の楽寿園も、色どり鮮やかに紅葉しています。先ほど車で通り過ぎてきましたが、ライトアップした木々の下に大勢の人々が、紅葉を楽しんでいました。
先日、東京行きの新幹線に乗車している時ので60代と思われる三人組みのマダムが、小田原駅から大きな荷物を持って乗車してきました。箱根の観光旅行のお帰りらしく、「よかったわぁ。楽しかったわぁ」と、嬉しそうなお声がよく聞こえました。
そのうちに、一人の方が携帯でお家に電話をかけ始めました。お留守番のご主人に駅まで迎えに来て欲しい、との話の内容。
それから、まだまだ永遠と電話で何やら話している。
「電車内での携帯電話は電源を切るかマナーモードにお願いされている。電話をする場合は、デッキでお願いします。」まで放送されているのにもかかわらず、なんてことでしょう!。
本人のマナーのなさは、顔を拝見して判断できましたが、ご一緒しているお供のお二人がその人に注意をしないことの方に腹立たしく感じてしました。
昔の大人は、口癖のように「今の若いものは、、、、」と、嘆いていたものでしたが、現代は中高年の男女の方々が、若者に「いい歳して常識のない大人!」と嘆かれそうです。
あちらこちらで見かける自分勝手な中高年者が増えています。
どうしてか? と、考えた時に思うのは、廻り(家族や友人)の人が注意(助言)しないようになったことではないでしょうか。
子どもも若者も大人も、年齢に関係なく、いけないことはちゃんと伝えないといけません!
礼儀なき社会になってしまいます。
間違った言動や行動は、身近な人がしっかり注意して正していきたいものです。 ね!
Posted by 大洋工務店 at
19:25
母の声
2011年11月05日
久しぶりに実家福島の弟に電話を入れた。
変わりない? おかげさんで!の挨拶から、「一昨日は町内でイベントがあり、飯舘村民の仮設住宅があるので、皆さんも参加し賑やかだったよ」とのこと。「放射能除洗計画云々と政府は言っているが、何年かかることか!気が遠くなる」と話す。
母も以前から比べれば落着いて話すようになったが、必ず出てくることばが、「何だか胸がざわざわしてて!」と、不安な気持ちが伝わってくる。
どうしようにもない出来事ではあるが、「心配しなくていいからねぇ」の母の声に、私の胸が痛くなる。
変わりない? おかげさんで!の挨拶から、「一昨日は町内でイベントがあり、飯舘村民の仮設住宅があるので、皆さんも参加し賑やかだったよ」とのこと。「放射能除洗計画云々と政府は言っているが、何年かかることか!気が遠くなる」と話す。
母も以前から比べれば落着いて話すようになったが、必ず出てくることばが、「何だか胸がざわざわしてて!」と、不安な気持ちが伝わってくる。
どうしようにもない出来事ではあるが、「心配しなくていいからねぇ」の母の声に、私の胸が痛くなる。
新酒のご案内
2011年10月21日
山梨から新酒のご案内が届きました。
塩山K社から『暑さ寒さを乗り越え一年間育てて参りました原料葡萄を上質な状態で収穫することができまた。収穫された葡萄は厳しい選果の上、搾汁。全ての仕込み作業を無事終了し、今は搾りたての果汁が香る醸造場で順調に発行しております』と、報告も兼ねたお便り。11月3日の解禁日を前に、今年もいつもと同じこの季節に嬉しいご案内です。
空気がひんやりしてくると、香り高いワインはどんなお料理にも合います。ワインを選びながら、お料理を考えるのも楽しいです。
ここ数年、国産ワインが本当にがんばっています。
今年で4回目を迎えたワインツーリズムも、生産者の元で直接話が聞けて試飲できて、醸造元を元気付けているイベントです。今年は11月5日(土)6日(日)に山梨で開かれるそうです。興味のある方は是非HPをご覧になってみて下さい。
我が家のポチもワインは一応詳しいのですが、友人に『只者ではござらん!』奴めがひとりおります。
ワインのことが詳しい人と食事をともにすることは、楽しく美味しくいただけます。もちろん話題は満載!ワインが豊富なお店を探すのも好きな人と一緒ならどこえでも行けちゃう。
今、思い出しただけで鼻の頭にピクリときました。
我が家に帰ったら今夜は何にしようか?もうー我慢ができなーい。
きょうはお終いにして、帰りまーす。
塩山K社から『暑さ寒さを乗り越え一年間育てて参りました原料葡萄を上質な状態で収穫することができまた。収穫された葡萄は厳しい選果の上、搾汁。全ての仕込み作業を無事終了し、今は搾りたての果汁が香る醸造場で順調に発行しております』と、報告も兼ねたお便り。11月3日の解禁日を前に、今年もいつもと同じこの季節に嬉しいご案内です。
空気がひんやりしてくると、香り高いワインはどんなお料理にも合います。ワインを選びながら、お料理を考えるのも楽しいです。
ここ数年、国産ワインが本当にがんばっています。
今年で4回目を迎えたワインツーリズムも、生産者の元で直接話が聞けて試飲できて、醸造元を元気付けているイベントです。今年は11月5日(土)6日(日)に山梨で開かれるそうです。興味のある方は是非HPをご覧になってみて下さい。
我が家のポチもワインは一応詳しいのですが、友人に『只者ではござらん!』奴めがひとりおります。
ワインのことが詳しい人と食事をともにすることは、楽しく美味しくいただけます。もちろん話題は満載!ワインが豊富なお店を探すのも好きな人と一緒ならどこえでも行けちゃう。
今、思い出しただけで鼻の頭にピクリときました。
我が家に帰ったら今夜は何にしようか?もうー我慢ができなーい。
きょうはお終いにして、帰りまーす。
おひとりさま
2011年10月15日
今まで生きてきて、初めての「おひとりさま」を体験中。
昨日から同居人(通称ポチ)が4日間の研修とやらにお出かけし、家の中では「ひとりの生活」。イヤー思った以上に静かすぎて、夜は虫の音がバカに大きく聞こえています。
昨夜は、玄関入って『ただいまー』と声を出したあとは声を出すことは必要なく、ベッドに入って朝を迎え、とりあえず『おはようー』と自分に挨拶。家を出るまで声を出す必要はない。
考えてみると、生まれた時から常に大家族の中に居た自分。高校を卒業後東京に出て来ても、横浜の伯母の家に下宿。伯母の家は床屋さんだったので、従業員も大勢いて家族も合わせて11人の賑やかさ。はじめてのひとり暮らしを大田区梅屋敷で始めた時も、4.5帖の部屋だったが共同トイレで風呂なし。今で言えば『シェアハウス』のような感じかなぁ。いつも誰かが部屋に遊びにきていたような感じ。
結婚しても、両親と兄と同居。子どもが生まれてからは七人家族。正直「ひとりで朝と夜を迎えたい、自由な時間が欲しい」と望んでいた時代もあったのだ。
本当なら、鬼のいぬ間にやりたい事はたくさんあったはずなのだが、いざその時がきたら「家でゆっくりしよう」になってしまった。
昨夜一晩だけで感じたことは、お二人さまの時は相手のために使う時間がほとんどであることに気が付いた。
それが普通の毎日の暮らしだったのだ。
現代はおひとりさまが多い世の中、3・11の震災後、都会ではシェアハウスの入居希望者が増えているそうです。
最初はお年寄りのケアー付のハウスかと思っていましたが、単身者の共同生活希望者なのだとか。リビングダイニング・浴室は共用、庭付きで休日にはバーベキュー等で楽しむ、6帖ほどの個室(クローゼット・机・ベット付)だけが専有部分というシェアハウス。今東京では古い家を壊しドンドン建設中とか。みんなで住めば怖くない!助け合おう!の気持ちが偏ってきているようだ。とは言え、想像とおりトラブルも多いとか。
先日、結婚37年目を迎えて、「毎日できるだけ穏やかに暮らそう」と過ごすのですが、夫・妻として暮らしているつもりが、ただの同居人化してきている感がする。小さなシェアハウスとも言える気がする。
社会は、これからの『おひとりさま』をまとめ集めるのではなく、お二人さま、三人さま、それ以上の家庭を増やして欲しい。
私にはおひとりさまは、とうてい無理!!!
昨日から同居人(通称ポチ)が4日間の研修とやらにお出かけし、家の中では「ひとりの生活」。イヤー思った以上に静かすぎて、夜は虫の音がバカに大きく聞こえています。
昨夜は、玄関入って『ただいまー』と声を出したあとは声を出すことは必要なく、ベッドに入って朝を迎え、とりあえず『おはようー』と自分に挨拶。家を出るまで声を出す必要はない。
考えてみると、生まれた時から常に大家族の中に居た自分。高校を卒業後東京に出て来ても、横浜の伯母の家に下宿。伯母の家は床屋さんだったので、従業員も大勢いて家族も合わせて11人の賑やかさ。はじめてのひとり暮らしを大田区梅屋敷で始めた時も、4.5帖の部屋だったが共同トイレで風呂なし。今で言えば『シェアハウス』のような感じかなぁ。いつも誰かが部屋に遊びにきていたような感じ。
結婚しても、両親と兄と同居。子どもが生まれてからは七人家族。正直「ひとりで朝と夜を迎えたい、自由な時間が欲しい」と望んでいた時代もあったのだ。
本当なら、鬼のいぬ間にやりたい事はたくさんあったはずなのだが、いざその時がきたら「家でゆっくりしよう」になってしまった。
昨夜一晩だけで感じたことは、お二人さまの時は相手のために使う時間がほとんどであることに気が付いた。
それが普通の毎日の暮らしだったのだ。
現代はおひとりさまが多い世の中、3・11の震災後、都会ではシェアハウスの入居希望者が増えているそうです。
最初はお年寄りのケアー付のハウスかと思っていましたが、単身者の共同生活希望者なのだとか。リビングダイニング・浴室は共用、庭付きで休日にはバーベキュー等で楽しむ、6帖ほどの個室(クローゼット・机・ベット付)だけが専有部分というシェアハウス。今東京では古い家を壊しドンドン建設中とか。みんなで住めば怖くない!助け合おう!の気持ちが偏ってきているようだ。とは言え、想像とおりトラブルも多いとか。
先日、結婚37年目を迎えて、「毎日できるだけ穏やかに暮らそう」と過ごすのですが、夫・妻として暮らしているつもりが、ただの同居人化してきている感がする。小さなシェアハウスとも言える気がする。
社会は、これからの『おひとりさま』をまとめ集めるのではなく、お二人さま、三人さま、それ以上の家庭を増やして欲しい。
私にはおひとりさまは、とうてい無理!!!
三島駅南口駅舎の建替え
2011年10月14日
9月15日JR東海は、「三島駅南口駅舎について、建替えによる耐震化を行なう」ことのお知らせがありました。
三島市の顔とも言える三島駅舎は、富士山と三島大社をイメージしたものになっており、中部の駅百選にも選定されています。
駅は1934年(昭和9年)12月、丹那トンネル開削に伴って開業。南口駅本屋は開業当初からのもので、77年の歳月が経っているのです。
三島に住んでいると、駅前がなかなか発展しないのが気がかりなのですが、他の地方からお出での方からの反応は好印象なのです。「電車を降りて駅を出た目の前に緑が輝き、水を囲んで待合広場がある。話しが弾んでる人々がそこに居る。いいものだ!」 そう言われて、「そうかも知れない」どこの駅舎にもない風景なのだ。
電車に乗ろうと駅に向かう。南からの道を歩いて駅が見えるとホッとする。北にそびえる富士山が見えなくなった(北口に高い建物ができた為)のは非常に残念ではあるが、「これが三島なのだ!」と最近は強く思うようになりました。
駅舎の工期は平成23年11月~25年9月の予定となっていますが、新駅舎は現在の駅舎のイメージを残したものにし、改札内コンコースを拡大し、混雑を解消するとのこと。勿論、店舗など駅舎内に集約するとのことです。
三島駅南口東街区市街地再開発が中止となった今、ここの住民は東街区の街並みをどうしたいのか、もっと真剣に考えなければならない時期なのではないかと、強く思う。
三島市の顔とも言える三島駅舎は、富士山と三島大社をイメージしたものになっており、中部の駅百選にも選定されています。
駅は1934年(昭和9年)12月、丹那トンネル開削に伴って開業。南口駅本屋は開業当初からのもので、77年の歳月が経っているのです。
三島に住んでいると、駅前がなかなか発展しないのが気がかりなのですが、他の地方からお出での方からの反応は好印象なのです。「電車を降りて駅を出た目の前に緑が輝き、水を囲んで待合広場がある。話しが弾んでる人々がそこに居る。いいものだ!」 そう言われて、「そうかも知れない」どこの駅舎にもない風景なのだ。
電車に乗ろうと駅に向かう。南からの道を歩いて駅が見えるとホッとする。北にそびえる富士山が見えなくなった(北口に高い建物ができた為)のは非常に残念ではあるが、「これが三島なのだ!」と最近は強く思うようになりました。
駅舎の工期は平成23年11月~25年9月の予定となっていますが、新駅舎は現在の駅舎のイメージを残したものにし、改札内コンコースを拡大し、混雑を解消するとのこと。勿論、店舗など駅舎内に集約するとのことです。
三島駅南口東街区市街地再開発が中止となった今、ここの住民は東街区の街並みをどうしたいのか、もっと真剣に考えなければならない時期なのではないかと、強く思う。
今を生きる
2011年08月26日
6年前の8月の今頃は、私は静岡がんセンターで治療を受けていました。
私が身体に異変を感じたのは、その年の5月。自宅近くの病院で検査をし、2次検査を医療センターに紹介されて、検査をしたその日に結果を待たずに「99%がんだね」と、担当医師から言われてしまいました。
何となく予想はしていたので、「やっぱりそうか」と思ったくらいでした。が、家族には結果が出るまで伝えませんでした。
結果が出てからは、予想通り夫がみるみるやせ細ってしまい、どちらが病人か?と思われるほど。
生存率フィフティフィフティの宣告をされ夫の顔は青ざめ、今にも倒れそうでしたが、私は先生のお話しを聞いていて「死ぬことはない」と思いました。
私にできたがんを治すために、静岡がんセンターのドクターや看護士さんたちはチームを組んで私のがん治療に取り組んでくださいました。7週の放射線治療と抗がん剤治療、どれだけ多くの方々にお世話になったことか。やさしい笑顔、治療時間にCDをかけてくれて、心穏やかに過ごさせていただきました。当時はもちろんのことですが、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。
治療中の私は、患者としては異端児だったかと思います。
前ぱんは治療(点滴)をひきずりながら院内の隅から隅まで見学してまわり、後半は図書館で借りた本を読みあさり、毎日夫が持ってくる仕事を病室でこっそりしていました。
夫が何故病室にまで仕事を持ってくるのか!わかっていました。
「お前には、まだやらなければならないことがこんなにあるんだぞ!死ねないね。」との信号なのです。
朝目覚めると、「おはよう。起きたかな?」とメールをくれる、寝る前には「今日はどんなだった?辛くなかったかな」と励ましてくれた親友。
一週間に一度、必ず見舞いにきてくれた『戦友』。
退院後の検診では、放射線科のN先生に「患者さんがみんなあなたのように元気になれたらいいのにね」と言われました。
静岡がんセンターの先生方には、私は一患者としてしっかりと生きた姿勢を残さなければならない。そして、元気をくれた家族や仲間にも。 そう思って今を生きています。
私が身体に異変を感じたのは、その年の5月。自宅近くの病院で検査をし、2次検査を医療センターに紹介されて、検査をしたその日に結果を待たずに「99%がんだね」と、担当医師から言われてしまいました。
何となく予想はしていたので、「やっぱりそうか」と思ったくらいでした。が、家族には結果が出るまで伝えませんでした。
結果が出てからは、予想通り夫がみるみるやせ細ってしまい、どちらが病人か?と思われるほど。
生存率フィフティフィフティの宣告をされ夫の顔は青ざめ、今にも倒れそうでしたが、私は先生のお話しを聞いていて「死ぬことはない」と思いました。
私にできたがんを治すために、静岡がんセンターのドクターや看護士さんたちはチームを組んで私のがん治療に取り組んでくださいました。7週の放射線治療と抗がん剤治療、どれだけ多くの方々にお世話になったことか。やさしい笑顔、治療時間にCDをかけてくれて、心穏やかに過ごさせていただきました。当時はもちろんのことですが、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。
治療中の私は、患者としては異端児だったかと思います。
前ぱんは治療(点滴)をひきずりながら院内の隅から隅まで見学してまわり、後半は図書館で借りた本を読みあさり、毎日夫が持ってくる仕事を病室でこっそりしていました。
夫が何故病室にまで仕事を持ってくるのか!わかっていました。
「お前には、まだやらなければならないことがこんなにあるんだぞ!死ねないね。」との信号なのです。
朝目覚めると、「おはよう。起きたかな?」とメールをくれる、寝る前には「今日はどんなだった?辛くなかったかな」と励ましてくれた親友。
一週間に一度、必ず見舞いにきてくれた『戦友』。
退院後の検診では、放射線科のN先生に「患者さんがみんなあなたのように元気になれたらいいのにね」と言われました。
静岡がんセンターの先生方には、私は一患者としてしっかりと生きた姿勢を残さなければならない。そして、元気をくれた家族や仲間にも。 そう思って今を生きています。
60秒の接待
2011年08月09日
暑い夏が戻ってきました。
福島に住む友人と実家の母から福島名産とれたて桃が届きました。
今年は出荷時に検査があり、全て検査済み表(佐藤県知事許可)が入っていました。今朝も友人からのメールで「甘味は最高だといってたー、家に来る八百屋さんが自分で作ってる桃なんだよ」と 顔が見えるようなメール。季節の食べ物がおいしくて安全であれば誰もが受け入れるはずなのですが、今年はちょっと違っているようです。
我が家の長女が先日夏休みがとれた、と、婿殿と帰省しました。二人はすれ違い夫婦で、休みが合うのも一ヶ月に1回ほどとか。今回は夏休みをうまくとって来てくれました。とは言え、我が家も休みがない仕事ですから、おかまいもできないのですが、夜は久々にたくさん話しができました。
彼女は、中堅スーパーの接客教育係り。部下を100人持ち日々奮闘している様子。大学卒業後この会社に入社しもう12年、一気にこの地位に到達したはずではない。就活期にどうしてもスーパーで働きたいと言い出した時は、正直驚きました。
父親からは、英語専門を選考したあのときの目標の勤め先は、どこに消えたのか!レジのおばちゃんか?と、無視されていました。でも、彼女は強かったですねぇ。小さいときからそうでしたが、『絶対に諦めない』 大学2年の時に、三島市が募集した交換留学に応募しアメリカに行かせて頂き、むこうの大学やスティ先でいろんなことを学んだようです。帰ってからの一言『私が日本のスーパーを変えたい』でした。その内容は長くなるのでまたの機会に。 大学で流通を学んでいた時だったらしく、その時はまっすぐ目標!そのものでした。
現在勤務の会社に入った一年目に、レジ(接客係り)大会で新人賞に輝きました。そんな輝かしい賞を取れても、父親は無視。
元々一番が好きな子どもですから、妥協はしません。あたりまえだのクラッカー!!だぁ なんて(古すぎる)
ここ数年のゆとり教育で過ごした新入社員は、「できないことはしなくていい。無理に何かをしようとすることもない。という環境で教育されてきた」と。だから、ちょっとやってみて 私にはできません!と決め付けてしまうのだそうだ。でも、『やればできる根情』を少しずつ植えつけて自信をつけさせないと! と、言っていました。
朝早くから夜遅くまで、そんなにたいへんな仕事の魅力は?と聞いたところ、「スーパーのレジは買い物をして最後にお金を払って通過する場所でしょ。一人のお客様にかけられる時間はわずか60秒。その60秒にお客様が気持ちよくお帰りいただくためのレジ係は、この店の全が結集された部署。世の中に60秒で最高の接待ができる仕事ってないでしょ。 私は60秒の接待を完成させたい」
この言葉を聞き、私はいつになく胸が熱くなり、こころで拍手を送っていました。
福島に住む友人と実家の母から福島名産とれたて桃が届きました。
今年は出荷時に検査があり、全て検査済み表(佐藤県知事許可)が入っていました。今朝も友人からのメールで「甘味は最高だといってたー、家に来る八百屋さんが自分で作ってる桃なんだよ」と 顔が見えるようなメール。季節の食べ物がおいしくて安全であれば誰もが受け入れるはずなのですが、今年はちょっと違っているようです。
我が家の長女が先日夏休みがとれた、と、婿殿と帰省しました。二人はすれ違い夫婦で、休みが合うのも一ヶ月に1回ほどとか。今回は夏休みをうまくとって来てくれました。とは言え、我が家も休みがない仕事ですから、おかまいもできないのですが、夜は久々にたくさん話しができました。
彼女は、中堅スーパーの接客教育係り。部下を100人持ち日々奮闘している様子。大学卒業後この会社に入社しもう12年、一気にこの地位に到達したはずではない。就活期にどうしてもスーパーで働きたいと言い出した時は、正直驚きました。
父親からは、英語専門を選考したあのときの目標の勤め先は、どこに消えたのか!レジのおばちゃんか?と、無視されていました。でも、彼女は強かったですねぇ。小さいときからそうでしたが、『絶対に諦めない』 大学2年の時に、三島市が募集した交換留学に応募しアメリカに行かせて頂き、むこうの大学やスティ先でいろんなことを学んだようです。帰ってからの一言『私が日本のスーパーを変えたい』でした。その内容は長くなるのでまたの機会に。 大学で流通を学んでいた時だったらしく、その時はまっすぐ目標!そのものでした。
現在勤務の会社に入った一年目に、レジ(接客係り)大会で新人賞に輝きました。そんな輝かしい賞を取れても、父親は無視。
元々一番が好きな子どもですから、妥協はしません。あたりまえだのクラッカー!!だぁ なんて(古すぎる)
ここ数年のゆとり教育で過ごした新入社員は、「できないことはしなくていい。無理に何かをしようとすることもない。という環境で教育されてきた」と。だから、ちょっとやってみて 私にはできません!と決め付けてしまうのだそうだ。でも、『やればできる根情』を少しずつ植えつけて自信をつけさせないと! と、言っていました。
朝早くから夜遅くまで、そんなにたいへんな仕事の魅力は?と聞いたところ、「スーパーのレジは買い物をして最後にお金を払って通過する場所でしょ。一人のお客様にかけられる時間はわずか60秒。その60秒にお客様が気持ちよくお帰りいただくためのレジ係は、この店の全が結集された部署。世の中に60秒で最高の接待ができる仕事ってないでしょ。 私は60秒の接待を完成させたい」
この言葉を聞き、私はいつになく胸が熱くなり、こころで拍手を送っていました。
出会い
2011年07月29日
7月もあと2日で晦日となってしまいました。
歳のせいか、毎日が早くてはやくて!
台風6号が去って以来、はっきりした夏らしいお天気に恵まれず、朝の目覚めの蝉の声も、どことなくか弱く聞こえます。
半世紀を生きてしまった近頃は、時折人生にはその人との出会いがなかったら、今の自分、いや、人生そのものが大きく違っていただろうと思うことがしばしばある。
結婚して、主婦して子どもを育てながら仕事を持って、めまぐるしい毎日を過ごした30代に、衝撃的出会いが『小僧六歩の会』のメンバーとの出会いでした。異業種の交流(勉強会)という表向きで、東京の友人から誘われて参加したのがはじまり。平成2年、バブル崩壊がそろそろ見え隠れし始めた頃でした。出版関係・芸能・会社役員等メンバーには名の知れた方もチラホラいて、興味深深に参加してました。地方から会員は私くらいでしたので、皆さんからはいつも「遠い所ご苦労さん!」的なご挨拶をいただいてました。
それぞれに魅力を持って、バリバリ仕事して、特に女性(淑女)は力強い方々が多かった。東京でしか感じ得られない生の感性。帰り(終電)の新幹線の中では共有した時間に得たアイデアを、自分らしい企画に作ることをよく考えてました。
その後、会は解散してしまいましたが、20年経った今でも深くお付き合いいただいている方もおります。
今の仕事を通して出会えたお客様とも、長くお付き合いいただいている方々ばかり。あんなこと、こんなことがあったとお会いして話ができることは、本当に幸せ者だと思います。
平均寿命で数えるとあと30年生きられる。これからは自分の始末をしながら、もっと出会いを楽しみたい。
今目を閉じると、思い出のお顔が見えてきます。元気してるかなぁ
歳のせいか、毎日が早くてはやくて!
台風6号が去って以来、はっきりした夏らしいお天気に恵まれず、朝の目覚めの蝉の声も、どことなくか弱く聞こえます。
半世紀を生きてしまった近頃は、時折人生にはその人との出会いがなかったら、今の自分、いや、人生そのものが大きく違っていただろうと思うことがしばしばある。
結婚して、主婦して子どもを育てながら仕事を持って、めまぐるしい毎日を過ごした30代に、衝撃的出会いが『小僧六歩の会』のメンバーとの出会いでした。異業種の交流(勉強会)という表向きで、東京の友人から誘われて参加したのがはじまり。平成2年、バブル崩壊がそろそろ見え隠れし始めた頃でした。出版関係・芸能・会社役員等メンバーには名の知れた方もチラホラいて、興味深深に参加してました。地方から会員は私くらいでしたので、皆さんからはいつも「遠い所ご苦労さん!」的なご挨拶をいただいてました。
それぞれに魅力を持って、バリバリ仕事して、特に女性(淑女)は力強い方々が多かった。東京でしか感じ得られない生の感性。帰り(終電)の新幹線の中では共有した時間に得たアイデアを、自分らしい企画に作ることをよく考えてました。
その後、会は解散してしまいましたが、20年経った今でも深くお付き合いいただいている方もおります。
今の仕事を通して出会えたお客様とも、長くお付き合いいただいている方々ばかり。あんなこと、こんなことがあったとお会いして話ができることは、本当に幸せ者だと思います。
平均寿命で数えるとあと30年生きられる。これからは自分の始末をしながら、もっと出会いを楽しみたい。
今目を閉じると、思い出のお顔が見えてきます。元気してるかなぁ
Posted by 大洋工務店 at
17:57




